Aleksandar Bezinović

Aleksandar Bezinović

 LONGYは今回、クロアチアのアーティスト、Aleksandar Bezinović(アレクサンダー・ベジノビッチ)の個展「Temporary Place」を開催する。白と黒、直線と円の形、それだけが表面に現れている彼の作品はミニマルな雰囲気がありながら、幾重にも重ねられた絵の具の層によって、同時に複雑さと重厚感を感じられる。ひとたび彼の作品を目にすれば、それが短時間に作られたものではなく、彼の過去や思考が埋め込まれていることはすぐわかるだろう。その奥深さゆえ、ヨーロッパでは多くのファンがいる。今回はキュレーターの市原の声かけによってこの個展が実現した。彼にとって、日本での、またアジアでの初の個展となる。個展を前に、本人にインタビューを実施した。

今回はあなたにとって、日本及びアジアで初の個展となりますね。作品制作の際、何か日本のことについて意識されましたか。

 全くしていない。僕が作品を作る時は、何か特定の物事を表現するというよりは、万物に通づる抽象的なものを作るようにしている。その方が広がりがあるからね。ただ、作品のサイズに関しては、今回展示するLONGYというスペースの大きさや間取りについては意識した。作品があまりに大きいと作品全体が見えないし、また作品同士の関係性も意識しているのだけれど、一つ大きいものを作ってしまうとそれを感じることもできないからね。日本のことをとてもよく理解しているとは言えないかもしれないけれど、例えば三島由紀夫のテキストは好きなんだ。過去に「Moon and Steel」という個展を開いたことがあるけれど、それは三島由紀夫の著作「太陽と鉄」から来ているよ。その本は僕にとってとても印象深いものだったんだ。

個展名の「Temporary Place」は、どのような意味なのでしょうか。

 「Temporary Place」(一時的な場所)という言葉は、あらゆる行動や思考の変化の過程を表す比喩だ。僕たちは常に変化のプロセスの中で生き、自分が変わり、それゆえ僕たちの人生やストーリーも日々変化しているんだ。古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉で、「誰も同じ川に二度と入ることはできない」というものがある。昨日と同じように見えているものでもそれは異なるものであり、二度と同じ状態になることはないということだ。たとえ同じ事をもう一度しても、結果は同じものとはならない。一時的という状態は、既存のものに満足していたり、反対に制約があって前に進めなくても、それに固執せずに、次の新しい行動を生み出そうとしている状態、つまり通過点だと思っている。だから僕の場合でいうと、作品制作の出来上がりに満足した時は毎回、その次の作品ではそれを解体してみる。それが僕を前に進めてくれるんだ。僕の制作プロセスは、画材を使って何かを探るように進み、結果として作品は層や形が出現したり、消えたりすることが織り合わさって出来上がる。基本的には、まず
グリッドの中に円や半円や直線を置いていくことというルールがあり、基本の形の周りに展開をしていくんだ。決まった割合のグリットの中で円を繋げたり切り離したりすることが基本的な動作で、キャンバスの色々な場所でそれを行うことで様々な構成や新たな形が得られるんだ。その動作はシンプルだが何回でも変化を起こせるものだから、基本の形やルールが変わるのには長い時間がかかる。ただ、常に少しずつ変化しているんだ。だから僕の目の前のキャンバスは、ヘラクレイトスの川そのものだと思う。作品を実際に展示で見てもらうとわかると思うけど、何層にも上書きされている。僕自身もTemporary Placeにいるから、色々なことを考えながら作っていて、このような形になるんだ。作り続けてしまって、かえって美しくなくなってしまうことがあるから、やめ時には気をつけているよ。

どのようにして今の抽象的な作風にたどり着いたのですか。ポートフォリオを拝見すると、昔はもう少し具体的なモチーフが描かれていることが多かったようですが。

  昔はもっと具体的なものを書いていたね。僕の経歴でいうと、まずクロアチアの美術学校に行ったんだ。古代ローマの遺跡が近くにあった。そのあとザグレブの美術アカデミーに行った。昔からアートを展示していたけど、他の仕事として美術品や遺跡の修復家としても働いていたんだ。その仕事をする過程で制作の技術や技法を学んだよ。修復で主に扱っていたのは、教会にある木の祭壇とかだった。スプリットやドゥブロヴニクという都市のね。その仕事をしているうちに、象徴主義に興味を持っていったんだ。それは今の僕の作品に強く通じているものだと思う。修復家としての仕事の後は、映画のセットとして使われる絵を描く映画美術の仕事をしていた。戦争映画を主に担当していて、クロアチアの古代遺跡や廃墟を使ったりしていた。クロアチアには、歴史的な遺跡や建造物がたくさんある。既存のものを壊さないで、映画に必要な特定のセットを用意できるよう工夫する必要があった。逆に、新しい建物やセットであれば、それを経年劣化したように加工したりする必要があった。だから、常に新しいものと古いものを接続しているような感覚で、それは面白い部分だったよ。撮影で色々な場所を訪れた。映画のために絵を描く時は、その大きさゆえに大量の材料で絵を描くことができていい経験になった。ただ逆に、そのような具体的で写実的な表現の繰り返しが、僕が自分の作品において抽象的で比喩的な表現をすることを後押ししたんだ。今の僕の作品は、規則的な正方形のグリッドの中に直線や円の一部が入ることで構成されている。そのルールを継続し続ける限り、無限のパターンが作れるんだ。僕の中から何かが流れ出るようにね。そのルールがあることで、かえって自由なフローを感じられるんだ。そのパターンは、グリッドの中心を通る部分をどうするかによって決まってくる。それは制約のように見えるけど、新しい世界に行くための道を開いてくれているようでもあるんだ。制約ではなく自由や創造性を与えてくれる。良いエネルギーが湧いてくるんだ。それは幾何学的表現の良いところだね。 幾何学は全ての源や基礎だといえるから、そういう効果が可能になっているのかもしれない。そのようなフィーリングや精神的なエネルギーがとても好きだ。僕は自由に流れ出てくるものを、ただキャンバスに投影している。

あなたの最近の作品は、幾何学的な形、とくに円をモチーフに使っていますね。これに理由はありますか。過去に修復の仕事で関わられていたビザンチン美術やルネサンス美術からインスピレーションを受けていたりするのでしょうか。

 いや、むしろ全く逆で、それらの歴史的な美術や宗教のコンセプトからは距離を置きたかったんだ。真円にすることで、極限まで抽象度の高い、何も象徴しないものになると思っている。

なぜ円を使おうと思ったのですか。

  良い質問だね。だが理由はない。ただそうなったんだ。映画の美術の仕事で、映画のセットのための絵を描いていたときがあったけれど、その時にこれは自分のやりたい表現ではないと感じていた。映画のために描いた絵は、もちろん自分に対して正直な気持ちを表すものではないし、もっとシンプルな作品を作ることがしたいと思った。あとは、家のキッチンで料理しているときに、たまたま鍋のふたが目に入ったんだ。それがきっかけになって、この形を思いついた。円って、もっともシンプルな表現なんじゃないかって。円は、何もかも表すことができると言える。完全や理想を表すかもしれないし、それは神を表すかもしれない。ただ、円そのものは、宗教的なものとはなんら関係がないものだ。円と円をつなぐ表現が作品の中にあるけれど、これは過去にカリグラフィを学んだ経験からインスパイアされていると言えるかもしれない。カリグラフィの感覚で、あるときキャンバスの上で丸い形をブラシで繋ぎ始めたんだ。この表現方法は昔の作品とは無関係のものだった。だから、初めて自分の作品を作った気分だったよ。自分が浄化され、新しいエネルギーが湧いてくる気がしたんだ。

円や直線が組み合わさっているという一見シンプルな表現ですが、何か作品に滲み出る、深さのようなものがある気がします。

 制作において昔から一貫しているのは、絵の具などの画材で、探るように描いていく物理的な工程を続けているところかな。今の表現方法で作品を作る時も、円を作る前にキャンバスの上で色々なことをやっているんだ。まず最初に、モノクロではない色を塗っていく。その後、白を重ねて、層が重なるごとに色がなくなっていくようにしている。そして乾燥顔料などを使って組み立てていくんだ。僕の作品を見てもらうと、腐食しているような部分があったり、層が重なり合っていたりするのがわかると思う。すなわち明らかに時間の経過と物理的な力が加わった証があるということだ。僕はパレットナイフを使って絵の具などの層を重ね、時々それを取り除く。最終段階では、尖った道具で最後の彫りの作業を半乾きの作品の上に行う。それは、乾き切る前のちょうど良いタイミングで行わなければならない。最後の彫りの部分は、そこまでの基礎となる描画の復元や再編成で、イメージの構成や起源をより明らかにするものなんだ。

普段の作品では、色を使わないようにしているとのことですが、今回は少し色が含まれていますね。何か理由があったのですか。

 まず、僕は色が好きだ。嫌いだから使わないわけではない。色はエネルギーを与える本当に素晴らしいものだけど、多すぎる色は自分の思考を邪魔してしまうし、作品にとって余計なものとなることがある。色は、それだけを見ていられるくらいパワーのあるものだと思う。色を塗って最初は作り始めるけれど、その上に白のインクを重ねていく。たとえ表面に現れていなくても、色の持つエネルギーは必要だと思っているんだ。作品としては抽象的なものとして完成させたいから、色は最後に削ぎ落としているよ。ただ今回は、この個展についてスケッチを始めて、タイトルについて考えたら必要だと思ったんだ。なんというか、新しいエネルギーのようなものとしてね。次のレンガをどこに置くべきか、思考を巡らせている感じ。色は構成のひとつであって、作品を一つにする役割をしていると思う。今回の個展の作品たちは、自分にとって新しい可能性を示唆するものになり、次のステップに繋がったと感じているよ。

パンデミックによってライフスタイルに変化はありましたか。

 映画美術の仕事はとても楽しかったけれど、1日12時間ほど働く時もあって、自分の表現をする時間は全然取れなかった。その後、パンデミックが始まり仕事が難しくなって、今がチャンスだと思ったから仕事をやめて、完全にアーティストとして活動することにしたんだ。長時間働いていた時のタフな習慣が役に立って、その12時間分の全てのエネルギーを作品制作に当てられた。だから1日中描いていられる。振り返るとそのような大きな変化や後押しは、僕に必要なものだったんだ。フルタイムのアーティストになって、すぐに軌道に乗ったと思う。全てがインターネットで行われるようになり、インターネットに情報が集中し、インターネットで皆あらゆることを行うようになった。アートに関してもオンラインでの作品購入が普通になっていったんだ。その流れに乗って、多くのアートファンとインスタグラムでつながることができたと思う。

どんなことを考えながら制作しているのですか。

 パズルのように解体して、別のものに再構成しなおすことの繰り返しというか。繰り返しの過程が作品になっていて、最終形態は自分でもわかっていない。明確な終わりはないから、水平線のようなものだね。それがTemporary Placeの考え方だと思う。いつ終わらせるのかがもっとも難しいポイントで、自分が考えるよりも早く終わらせるようにしている。考えすぎると、かえって止まらなくなってしまう。常に新しい質問が生まれてきてしまうからね。また、それは同時に不安な気持ちを止めるためでもある。そうしないと、全てを破壊しそうになってしまうから。

ということは、作りながら次に何を作るか考えていたりもするのですか。

 そうだね。いつも、次をどのようにスタートするか考えることができるのが、幾何学的な表現の良いところだと思う。また、出来上がったものを解体する面白さもある。美術学校の時の教授が、いつも私たち生徒に制作した作品を破壊するよう言っていたんだ。それは逆説的かもしれないけど、再構成されたものや、別のものを生み出すための行為なんだ。今はそれがいい基礎になっていると思う。制作しながら良い作品ができたと納得することは難しいけれど、自分に正直な作品を作ったと納得することはできると思うんだ。お金がなかった時、誰かにアートを売らないにしても、自分のために何かを描く必要はあった。だから同じギャンパスに、何度も描いたり消したり上書きしたりしていたんだ。それはまさに、今やっていることと同じだと思う。つまり、作って破壊してというプロセスだね。また、Temporary placeというアイデアそのものだと思う。気づいたかもしれないけど、僕の多くの作品は似ている。一つの作風を四年以上やっているけれど、次の作品にいく準備ができるまでは続けるつもりだ。時々同じパターンを繰り返すけど、それらは少しずつ異なっているから、似ているようだけど違うものになっているんだ。

あなたの作品を見てまずこの形は何なのだろう?という疑問が湧きますが、それぞれに思いを巡らせてほしいということですか。

 その通り。ただ考えるだけではなくて、感じる部分も同じようにあるべきだと思う。

今回の個展の作品から伝えたいことや、個展の訪問者へのメッセージはありますか。

 僕からメッセージや、こういう風に見て欲しいというリクエストは伝えないでおこう。何か特定のものを参照したくはないんだ。僕の思考を理解してもらってもいいけど、全然離れていてもいい。それぞれが独自のストーリーを想像してみてほしいんだ。それによって、見てくれた人の新しい扉が開くのを後押しできたら嬉しい。皆がクリエイターだからね。何かインスパイアされるものを見たときに、それを自分なりに解読したり、解釈しようとすることはとても楽しいことだと思う。過去に見たものや知識との繋がりを考えたりしながらね。だから僕の作品も、それぞれの理解や感覚で楽しんでほしいと思っている。あるアーティストがこのようなことを言っていた。「作品に自分が何者かを尋ねることはできない。作品が、あなたは何者なのかと問いかけているんだ。」そういうことだと、僕も思うから。

ARTIST PROFILE

1975年 クロアチア スプリト出身

応用美術デザイン学校を卒業後、ザグレブ美術アカデミーにて絵画を学ぶ。
1997年からギャラリーで展示を行い、同時に、スタジオワークと展覧会制作のための、資金を調達するプロジェクトにも取り組む。
1998年から2007年まで、クロアチア共和国の保存修復研究所(多色木彫部門)で、戦争で破壊された文化遺産の修復に協力した。
2007年から2019年まで、フリーランスの背景画家として、数多くの映画や、演劇のプロジェクトに参加。(Croatian Freelance Artists#39; Associationのメンバー)
2019年より、自身のスタジオでアーティストとして活動中。

個展経歴
2022年 フランス、リール、エステル・ルバ・ギャラリー “Idols”
2021年 ザグレブ、LCGZギャラリー、"3:4"
2020年 ドブロヴニク、フローラギャラリー "Forgotten passwords"
2019年 ザグレブ、グレタギャラリー "Superficial cuts"
2018年 ヴァラズディン、GCV、"Cloud upon Lucky dragon"
2017年 ギャラリー・ガルジェニツァ、"Reconstruction"
2015年 ザグレブ、アンスティチュ・フランセ、"Moon and steel"
2015年 ドブロヴニク、Umjetnicka galerija (Dulcic Masle Pulitika)、"Moon and steel"
2014年 ザグレブ、ギャラリー・グレタ、"Sun dogs"
2014年 ドバイ、Sake-no-hana club
2013年 ドイツ・ツェウレンローダ、バウアーファインド・ビオ・ゼー・ホテル・ギャラリー、"Anima"
2012年 ザグレブ、ギャラリーFutura
2012年 クリゼプチ、カルチャークラブ、"Happiness"
2011年 ザグレブ、ギャラリーカラス、Anywhere out of this world
2011年 ザグレブ、ギャラリーDogađanja KCP、Hiperterminal
2007年 ザグレブ、ギャラリー CeKaO、If You can't beat them, join them II
2006年 スプリット、ディオクレティアンの地下室、If You can't beat them, join them
2003年 ザグレブ、Drugi otok、Ficus Immaculata
2002年 スプリット、サロン・ガリッチ、ズナコロフ、"Pod sviću"
2001年 スプリット、マルチメディア・センター、"Dialog"
2000年 ザグレブ、ギャラリーNova、"Ikonoglobala"
1996年 スプリト、ギャラリーポ・ボタ、"From myth to machine"

グループ展経歴
2022年 アネット=シュル=マルヌ、フランス、"Vasarely Legacy"
2021年 ザグレブ、HDLU、6 Biennial of Painting
2019年 ウィーン、ガンスギャラリー、"Bitter & Suss"
2019年 ザグレブ、HDLU、5th Biennial of Painting
2018年 ロンドン、デルフィアンギャラリー、open call 2018
2017年 第52回ザグレブ応用美術・デザインサロン、The In/Applicability of Applied Art
2015年 スプリットサロン、現代視覚芸術ビエンナーレ、スプリット、クロアチア
2014年 ケルン、Handwerkskammer zu Koln、"Kroatien-Kunst-Koln"
2014年 プロアートギャラリー(ドバイ)、"The Big Picture"
2013年 Galerie Zbraslav、チェコ共和国、"People-metr"
2012年 パリ、Musée de la Chasse et de la Nature, Croatie la voici、des cibles peintes croates à l'Art contemporain
2012年 ウマグ、ARTUM 2- ウマグ・サロン、Umag City Museum
2011年 - 2012年 サモボル、ギャラリープリカ、II triennal of self-portrait
2011年 ザグレブ、World Bank exhibition
2010年 ニューヨーク、MCギャラリー、Inter imago New York
2010年 スプリット、ギャラリー・クラ、Biennale Mediteran 2010
2010年 グロジュニャン、ギャラリー フォンティカス、Element Earth
2010年 ザグレブ、30th Youth Salon
2010年 ザグレブ、ギャラリーマリサル、Woman
2009年 スプリット、THE KICK マルチメディアプロジェクト、street poster exhibition
2009年 クラピナ、クラピナ美術館、Zagorski salon
2008年 ザグレブ、ギャラリーULUPUH、Woman in illustration
2005年 ザグレブ、ギャラリーMatica hrvatska、Identity
2002年 ザダル、ギャラリー・オブ・アート、ブルーサロン、16th Triennal of Croatian Painting
2002年 ザグレブ、Gallery New Fragments
2001年 スロベニア、ブレッド、World festival of art on paper
2000年 ヴェネチア、 Leggende Africane
1998年 ザグレブ、ギャラリーSC 卒業生展
1997年 ザグレブ、ウラジミール・ナゾルギャラリー、卒業制作展


INTERVIEWER 
徳弘有紀 & JORIS VLOET

TEXT
徳弘有紀